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剱岳八ッ峰妻Dフェース富山大ルート
2015年9月19日〜23日
「岩と雪の殿堂」剱岳八ッ峰妻登攀に行って来ました。
今回は、佐伯山の会ヴァリエーション山行の企画であった剱岳八ッ峰妻登攀と北方稜線縦走の山行への参加です。

メンバー
佐伯山の会 A達、O形、T屋、T沢、K子
広島労山 G藤

コースタイム
9/19
立山駅5:45 − 美女平6:20 − 室堂7:50 − 剣御前小舎10:29 − 剣澤小屋11:18 − 長次郎谷出会12:30 − 熊ノ岩15:09
9/20
妻Dフェース取付6:55 − Dフェース登攀開始8:40 − Dフェース登攀修了12:05 − 5・6のコル下降点13:19 − 熊ノ岩16:55
9/21
5・6のコル5:55 − 八ッ峰ノ頭8:25 − 池ノ谷ガリー9:15 − 三ノ窓9:48 − 池ノ谷乗越10:40 − 剣岳11:54 − 下降開始12:14 − 長次郎のコル12:45 − 熊ノ岩13:30
9/22
熊ノ岩6:03 − 長次郎谷出会7:05 − 平蔵谷出会7:33 − 剣澤小屋8:50 −剣御前小舎10:07 − 立山駅13:40 − 富山駅(ホテル)17:00 − 打上(17:45) − ホテル22:10
9/23
ホテル6:10 − 帰広

パーティー
A達−T屋、O形−T沢、G藤−K子


毎度の事ではありますが今回も幕営です。
各自20Kg以上のザックを背負っての山行となる為、軽量化をして出発しました。

19日出発点の立山駅にて小雨が降りだす...なんだか嫌な感じだ。
6:10臨時便のケーブルカーからバスに乗り継ぎ雨の室堂へ向かう。


9月19日(1日目)

バス乗り場入り口


雷鳥の駅長さんに挨拶してから出発です。


雨でーす...


雷鳥さんがお出迎えしてくれました。


霧雨に変わり、雨は止みそうですね。


お〜 晴れてきたぞ♪
でも暑くなりそう。


風を避けて剣御前小舎のよこてで小休止です。


シルバーウィーク初日!
荷揚げヘリがなん往復もしていて、やっとシャッターチャンスが来ました!


剱岳が雲の切れ間から現れました。


剱澤小屋を通過し、剱沢へと向かいます。


ここでアイゼンを付けます。
私達がアイゼンを付けていると、後続の方々はそのまま雪渓に入り進んでいきます。
リーダさんらしき方が、アイゼンは要りません!と言っています...
アイゼンがあるなら付けましょうね。安心して下れますし重たいアイゼンは飾りではありませんしね...
真砂沢ロッジに行くにしろ、必ずこの先でアイゼンを付ける事になるのですから、ならば今!付けましょう。
(事故防止にご協力下さい)


アイゼンを付けて剱沢の雪渓を下ります。


長次郎谷出会で小休止します。


長次郎谷の上方に熊ノ岩が観えます。


標高差600mの長い急登です。


そこまでが本日の目標ですけどね...


途中、機Ν曲間ルンゼ出会いで雪渓が切れていました。


仕方が無いので、左の岩を越えて進みます。


左側の岩が熊ノ岩の下部、そこまであと少し!


熊ノ岩下部(通称、熊ノ岩はここ)から明日登攀する八ッ峰妻は目の前です。


日が暮れる前に食事の準備ですが、寒いんです。


Dフェース富山大ルートのイメージトレーニング中?


絶景です♪
来て良かった。


9月20日(2日目)
Dフェース 富山大ルート3級上 検銑-

朝起きてからの準備が遅い我らオヤジ組なので、既に3組目です...
Dフェース取付にて1時間位の待ちです...
その間にも、続々とクライマーが上がってきます。
でもここはDフェース! そう、落石の多いDフェース!
ラク〜! 堕ちてくるは落ちてくるは弁当箱程度の小石?がね...


眼下に熊ノ岩のテントが見えますね。


やっと、登攀開始です♪(2ピッチ目K子さん)
富山大ルートの核心部は3ピッチ目です。
今回は、つるべでリード交代しながら2人共リード楽しむことにしております。
で、3ピッチ目はG藤が担当することになり、1ピッチ目はG藤が行きます。



続いて、3ピッチ目を登攀するK子さん


ここで、富山県警のヘリ「つるぎ」が爆音をたてて近づいて来ました!
コールが聞こえません!危ないよ、うるさ過ぎて...朝のパトロールにしては長時間居るなぁ〜
(あとで知ったのですが、池ノ谷乗越付近で救助中みたいでした。ビックリ)


後続のO形さんも到着
4ピッチ目を1組目がルートを間違ってハングに直上しているようで渋滞発生...
2組目もハングを直上しているようで時間がかかっている...
他パーティーの後続から、まだかまだかとクレームの声が大きくなっている。
どうも、最初から1組目が遅すぎる! 渋滞の根源である...
2組目は3人パーティーだから多少時間がかかるのは当然だが、それでも1組目より早い!


やっと行ける!
4ピッチ目、姿は見えないがK子さんが行く
しかし、K子さんも2組目を追いかけてハングまで行って進めない。
後続のO形さんから、更に後続が我慢の限界のようであると聞かされ、G藤がビレーを止めて、フォロー&リードで正規ルートで確保できる場所を探しに登る事に。
4ピッチ目の中間点で何とかK子さんのビレー体制に入ることが出来、K子さんクライムダウンに成功してそのままリードで進む。
よかった! 時間掛けれないもんね。


(登攀途中の下方)

登攀途中に見上げると2組目のフォロー2人が見えます。

5ピッチ目はK子さんからG藤に変更する。
ここで、ギアの受け渡しミスを2人が犯し、スリングが3本しかないわクイックドローも3本しか無い事に登攀中に気づく...
少々流れが悪くなるが仕方が無い、3本のクイックドローと2本スリングで進むが、やはりギアが足らないね!
クラックにカムをセットしてもクイックドローが無いので流れが悪く、登攀しているのかロープを引き上げるために登っているのか分からない位に流れない...
途中5、6メート程ランナウトしてやっとピッチを切った。


来ました、K子さん! 
ここで、驚愕の事実を伝えられました。
下方のテラスが6ピッチ目のビレー点で、なんとここまで60m近く一気に登攀したらしく、ロープがギリギリだったそうです...
そーなん! どーりでロープが上がって来なかったはずですわ...

6ピッチ目確保点から後続のT沢さんによる撮影
写真上部の最終ピッチでK子さんを確保中のG藤
(ここが噂のテラスです。あぁ〜登りすぎているわぁ...)


Dフェースの頭に到着寸前のK子さん


O形さんも到着しました。


ご苦労様でした。


Dフェースの頭からの眺望


5・6のコルへの下降点
しかし、状態が悪そうです。


落石を起こさないように慎重に懸垂下降する。


雪渓が崩落しており、危険ですが行くしかありません...


この先キケン!
雪渓崩落&岩盤崩落...


雪渓崩落現場からやっと5・6のコル上部へ


遅くなったので、Aフェースは登れませんでしたが、充実した登攀で満足。


9月21日(3日目)

剱岳のモルゲンロート
北方稜線への計画を変更して、八ッ峰上半縦走とチンネ偵察、剣岳登頂として出発。


Aフェース基部


5・6のコルから妻を縦走して八ッ峰ノ頭、池ノ谷乗越へと向かいます。


幻想的ですよね〜 これだから止められない♪




Dフェースからは懸垂下降で降りますが、ここから先はクライムダウンで進みます。






気が抜けないクライムダウンが続きます。


気持ちの良い岩稜でワクワクです。


しばし鑑賞に浸る


中央右手前が、クレオパトラニードル!


八ッ峰ノ頭では少々渋滞気味でしたが、一気に60mロープで池ノ谷乗越まで懸垂下降します。
バックの長次郎の頭と剱岳が壮大です。


メンバーが続々と懸垂下降してきますが、ここも落石を起こさないように慎重に!


池ノ谷ガリーを下って三ノ窓へ向かいます。
ここが、三ノ窓の分岐点です。
池ノ谷ガリーは落石が危険で、今回は登山者が多く落石が頻発しており超危険でした...


三ノ窓からチンネ左稜線の取付などを確認。
待ってろよ! 来年来るからな!


小窓ノ王ヘの登山道も確認。


池ノ谷ガリーを登り返します。


なんと、きよしさんとバッタリ遭遇しました!
北方稜線へ行くそうです。




池ノ谷乗越から剱岳へ向けて登ります。


後方には縦走してきた八ッ峰がギザギザしています。


長次郎の頭、長次郎のコルを越えて剱岳山頂です。
この先キケンの看板ですね、キケンから来ました。


登頂記念写真です。


源次郎尾根も、キケンの看板あるのか。




しばし、休憩するもガスって眺望は望めない。


八ッ峰妻もガスの中...


長次郎のコルから熊ノ岩左俣を下降するのですが、これがまたガレガレで怖い。


何が怖いかって、仲間に落石を起こさないようにするのが怖いと言うか、神経使います。
落石を避けて熊ノ岩基部を歩きます。


やっとの思いで、熊ノ岩まで降りて来ました。
ガレガレはもう嫌ですね。


まだ、13:30です。各々時間つぶしですが、Aフェースを登攀する元気も無いし、小雨が一瞬降るし天気が良くない。


熊ノ岩から望む 妻


9月22日(4日目)

今日は放射冷却で寒いです。水場も表面が凍っていましたからね...
だから、晴天ですよ!


名残惜しいが下山します。


アイゼンとピッケルで順調に下ります。
雪渓が切れているのに進もうとしていた単独行者に岩を巻いて進むようにアドバイスしたんですね。
どうも右岸を行こうとするから、もう一度こちら側の岩を巻くように伝え何とか岩に向かってくるも、シュルンドへ一直線で進んでる〜 あーそこシュルンドがあって雪渓が薄いから危ない!もっと離れて!
わぁ− 登山者が滑落しました...
でもまぁ、傾斜が緩いので直ぐに止まったのですが、ペットボトルは100m下までさようならでした。
大丈夫でしょうか?この先に進んでも...ここは、一般登山者はご遠慮いただきたいのですが...


長次郎谷出会まで下降してきました。
ここで小休止ですが、日差しが暑い!
更に剱沢の上りが永遠と続きます。


平蔵谷出会
源次郎尾根への取付点を確認しました。


雪渓が終わり、アイゼンを外します。
小休止、ここからは剱澤小屋を目指して頑張ろう。


剱澤小屋です。
剱岳をバックに記念撮影♪


富山県警剱沢警備派出所


20日の県警のヘリが来たのはやはり滑落事故の救助だったんだ。ビックリ!


剣御前小舎まで帰って来ましたよ。
でも室堂まではまだまだ...


剣御前小舎から望む剱岳


室堂まで遠い〜


ピーカンでしょ。


紅葉も始まっております。






疲れも癒される景色だね。


室堂からとんとん拍子にバスに乗りケーブルカーに乗って立山駅帰ってきました。
これから、お風呂に入ってお昼ごはん食べて富山市内に向かいます。


綺麗になった富山駅ですね〜


この後は、ホテルにチェックインして居酒屋に行って打上をしました。


9月23日(5日目)
ホテルを6時10分に出発して一路広島へと帰ります。
14時20分小谷SA

今回は、所属会の垣根を越えて参加させて頂けた事に感謝しております。
「行ける時に行ける山へ行く」人生は短いですから、これからも行ける時には行きたいと思います。

岩トレから天応での実践トレーニング、宮島スパイラル登山と一緒に訓練して目標が達成でき最高の気分です。
この場を借りて、メンバーの皆様と会長にはお礼申し上げます。
今後とも、宜しくお願いします。
posted by: 管理者 | アルパイン | 18:04 | comments(0) | - |-
「やりました,やりました!」ではなくて,「できました,できました!」でした.
奥穂高岳南稜 8/14〜8/18
CL 楠堀,SL日南(安佐岳友会)

もともとの発端は,2013年8月に会の30周年記念行事の一環として,明神岳主稜と霞沢岳の八右衛門沢登攀という企画を実施した時に,八右衛門沢では大苦戦して,小梨平のキャンプ場にもどるまで17時間半もかかってしまったことだった.霞沢岳を1913年に初登攀した時にウエストンは3時間45分で登頂している(嘉門次は,当時霞沢と呼んでいて,そこから登攀したことになっている).その早さに驚いてしまって,ウエストンの足跡をたどっている『山の手帳』(http://hwm6.wh.qit.ne.jp/shimaneco/)を読み進むうちに,「ああ,いいテーマだなぁ」と強く思うようになっていった.そこで知ったのが,奥穂高岳南稜だった.奥穂高へのダイレクト初登ルート,実にすばらしい,憧れは強まっていくばかりだった.当時ウエストン50才,嘉門次64才,1912年8月のことで,その直前には槍ヶ岳北東面新ルートからの登頂にも成功している.平均年齢は,公衆衛生や乳幼児死亡率に大きく左右されるので何とも言えないし,昔から日本でも有名人では長生きしている人たちも多かったが,当時の日本人の平均寿命は40代前半なので,やはり嘉門次はすばらしい案内人だったのだと改めて思う.

この1年以上体調不良をかなり自覚し,満足のいく山行などほとんどできていない中,6月にものすごく調子の悪い日が続き,結果的に7月になってから根本的な原因が分かったものの,対処には時間がかかることも分かった.辞めるべきかとも思ったが,医者は「いいことですね,私にはとてもできないですよ.」と後押ししてくれた.

この半年以上のテーマは「稜」だった.細い雪稜を歩く登山者なんかの写真を見るとキューンとする.稜も色々あるけれど,奥穂高岳南稜,いい名前だなあと思う.

8/14
早朝3時過ぎに家を出て日南さんを迎えに行く.2人での長距離ドライブなので,この日は小梨平までとする.途中話し込んでいるうちに,あれぇー,東海北陸道の分岐を過ぎてしまった.仕方なしに松本から入ることにするが,結果的に時間は短くすんだようだった.

盛況だった上高地


小梨平のキャンプ場で手続きして,ビールを早速飲んで落ち着いたぁと思っていると,キャンプ場のお姉さんがやって来て「ここはダメですよ.移動してください.もう呑んじゃっているけど.」と言われてガーン!幸いに40m離れたところで一箇所空いていたので,周囲の人に断って移動する.ここでBBQしているおじさんが,自分が東京時代に住んでいたところのすぐ近くの人だったこともあって,盛り上がりすぎてしまったのは失敗だった.実際に失敗したのは,夜にシュラフカバーで十分かと思っていたら,予想以上に寒くて,風邪気味になってしまったことだったようだ.しかも夜中に「おかしい,おかしい」とか何とか叫びながら日南さんの足を揺すったらしいが覚えていない・・・.

8/15
この日は岳沢に行って偵察するだけなので,特に急ぐことはない.

渋滞する河童橋


岳沢への途中,微妙なバランスで岩に立つロック・クライマー?


2年ぶりの天然アイスクーラー7番看板,明神岳への入り口.懐かしさがこみ上げてくる.


風穴天然クーラー.ご家族が休憩していました.


ようやく岳沢が見えてきた.


小梨平を出発して2時間も経つ頃には,異常なほど汗をかくようになった.夕べのアルコールが抜けていいんじゃないかとかいわれそうな状況だが,実際ににはそうではなくて熱中症の初期みたいなものだ.日南さんはかなり余裕で速く行ってビール飲みたいらしいが,すみません,できません,ゆっくりです.岳沢小屋まで5分というところでついに足がつる.水を飲んで休憩して,何とか3時間で小屋に着く.予定はもっとゆっくり組んであったので3時間ならよしとしたいところだが,日南さんはもっと早い方がいいようだった・・・.

2年前に比べるとテントが圧倒的に少ない.河原にはテント禁止となっているけれど,数組が張っている.あとから来た親子や若者は,河原のすぐ降りたところに張って,落石が危ない.

とりあえず偵察に行くことにする.念のため,ハーネス,ロープ,ガチャ類も持って行くことにする.

雪渓末端は大きく割れている.


雪渓をあがっていく.右側の雪渓を進む.


雪渓末端部


下降地点


下降地点目印が既におかれていた.


巨大なシュルンド


明日登るルートは,右方向のルンゼだ.


小屋に戻ることにする.


飲み過ぎないようにというメール忠告がたくさん来たので,日南さんには申し訳ないけれども少しだけにして,翌日に備えた.雪渓をあがると心拍数が140を超えた.高いのが気になる.

小屋に戻って座りながら周囲を見回す.涸沢と違って,山の威圧感がものすごい,そんな話を日南さんとしながらリラックスして過ごす.


夕食を食べ終えても心拍数は100程度だった.順応できていないようだったが,ポカリスエットを1.5リットル飲んで就寝した.どこかで体が渇きを覚えているような気がしたからだ.

8/16
2時45分起床した.心拍数を図ってみると,76だった.ほぼ正常値に戻って安堵する.4時過ぎにテントを出た.登山道を少しあがってから,河原に降り,雪渓末端部に取りつく.雪が締まって固い.


下降地点を降りるが,ツァッケを蹴り込まないと・・・.


シュルンドが大きく口を開けている,ものを落としたら回収は諦めるしかないな.


最初の岩稜帯


特徴的な柱状節理




第一の関門.この最奥の部分をあがっていく.


3級程度だが,ややハングしていて体にあたり気味になってステップにあがることができない.左足をフラットに置けなくて,怖さを感じる.「フラットに置くんだ」と日南さんに言われても,こればかりは足首固いので勘弁してください.
いったん降りると同時に,自分の中では重大な変革が求められていることが頭の中を占める.上部にある3つの岩稜帯をトリコニーと呼ぶが,そこにたどり着くまでの下部がそこそこ難しいということは分かっていたが,自分が想像していた以上に難しいことを理解した.計画を立てて,それを変更すること自体は山に登るようになってからかなりできる様になったが,依然として自分の中のイメージを変えるには時間を要する.自分がリードならクライミングシューズが必要なんだ,それくらいのルートなのだと.それが原因で失敗を犯す.
右手を見るとハーケンにスリングがかかっていて,リスが走っているからそこからの方が登りやすそうに見える.日南さんがロープを出そうということで,ここは日南さんがリードで登って行くが,本人も結構微妙だという.結局記憶も曖昧になって,登ったところで日南さんから「カラビナ」といわれて,回収してこなかったことに気がつく.カラビナも残置してあったものと思い込んでしまっていた・・・.

最初のロープ


振り返れば絶景かな.


その後は沢地形を登って行く.濡れていたらやっかいと評されているところだ.




いわゆる三股に出た.左側の岸壁付近を目指すため,一旦左側の小尾根に乗ることにする.


登ってみると藪地帯.


藪を抜けると上部岸壁基部に着く.右手側にトラバース気味に進む.


所々に踏み跡がはっきりしている.


乗鞍岳方面


焼岳


霞沢岳


岳沢


上部岸壁を右から巻くが,先が分からないのでロープを出す.が,日南さんのスピードに追いついていけない.とにかく行動が速い・・・.


上部岸壁帯を抜けると,いよいよトリコニーが近づいてきた.


トリコニーとは,もともと鋲靴の鋲のことのようだ.昔はビブラムなどなかったので,鋲を打って登っていたのだが,その中に「トリコニー」と呼ばれるものがあったのだ.

つかの間のお花畑


1峰への取り付き.このクラックを登って行く.


1峰の特徴的な先鋒.下部に行くと,頭に覆い被さってくるように見える.


1峰のルンゼ?このルンゼを登って左から行く人も行くらしい.ルンゼ前でしばし休憩する.この当たりまで来ると,紀美子平がよく見え,一般縦走路からの人の声すら聞こえてくる.


さてルンゼは奥に入ると右に90度曲がっていて,そのまま超えていくことができる.


超えた先は高度感はあるものの,チョックストーンの下でも上でも進むことができる.


日南さんに声を掛けて進んでもらう.ルンゼ内を90度曲がってやって来る日南さん.


1峰上部にて




1峰全景


2峰へ


1峰からは高度感はあるものの,岩稜歩きを楽しめるようになってきた.休憩していても「すごいなあ」としか言葉が出てこない.いい天候に恵まれて良かった.


2峰の核心部,懸垂下降地点.上下に二本ハーケンが打ってあった.古いので気をつけた方がいいということだったが,予想以上にしっかりしているように見えたが・・・.新しいスリング3本に,これまた新しいカラビナ2つが残されていた.


が,自分が懸垂下降をはじめてしばらくすると,「おい,ハーケンぐらぐら動くぞ.」と日南さんから声がかかる.2m程は足場もないような感じなので,何とか降りて,その後はほぼクライムダウンで降りる.やはりこういうルートではハーケンの類は持っていった方がいいなと.結局テントにおいてきてしまったので,安全確保という意味では持ってくるべきだった.


これで岩稜帯は終了だ.雷鳥の親子だろう,4羽いた.日南さんが雷鳥の鳴き声をまねしながら進む.


前半の登攀系の要素が強かったこともあって,脚にはかなりきた.最後は日南さんスピードあげていったが,自分は南稜の頭目指して一歩ずつ登って行く.そして日南さんから「あと少しだぞー」と声がかかる.20m程平らな部分を進むと頭の標識についた.6時間50分だった.




奥穂高岳南稜初登の際に,嘉門次が頂上付近で「やりました やりました」といったはずだったので,南稜の頭についたらそう言おうと思っていて「やりました やりました」と叫んでみた.山岳警備隊の人もその話をしたのですが,「いあや,ちょっと訊いてみます.」と誰も知らないみたいだった.メール打ってみても,日南さんに話しても「意味が分かるようで分からない」ということだった.ところが帰ってきちんと調べてみると嘉門次が言ったのは「できました,できました!」となっていたではないか!!

奥穂高岳山頂にて




吊尾根.ここもはじめて歩く.確かに長い.


積雪期は相当に厳しいことが分かる.


紀美子平


そして,ちょうど12時間でキャンプまで戻ってきた.虫の大群に囲まれながらの重太郎新道でした.


この日は少し多めに飲みましたよ.


8/17
夜半からの雨がかなり降り,何となくもの悲しい下山になった.10年以上前に買ったテントのフライが全くダメで,テント内が浸水してしまった.


この日は無理せず滋賀県泊まりにして,翌8/18に帰ってきました.

やはりバリエーションルートはどこも厳しいなあと改めて思いました.今回も落石の可能性が高かったし,ルートミスすると体力消耗しただろうし,ハマったら本当に大変だろうと.その後,予想通り右膝にはかなりの痛みが出ました.右膝がどこまでつきあってくれるのか分からないけれど,また登ってみたい自分を強く感じながら下山している自分がいました.
ありがとう日南さん,ありがとう奥穂高岳南稜.

参考文献
ウエストン:『日本アルプス再訪』.1996,平凡社,東京
大鋸:「健康を考える」.『健康論』,道和書院,2005
ウィキペディア「靴鋲」.
日本登山大系『槍ヶ岳・穂高岳』.1980,白水社,東京






 
posted by: kussan | アルパイン | 23:27 | comments(0) | - |-
阿弥陀岳南陵
JUGEMテーマ:スポーツ
阿弥陀岳南陵
12/27-30 CL大藤(安佐岳友会),SL日南(安佐岳友会),楠堀

もともと年末山行として大藤さんが企画したのは,北アルプスでの縦走でしたが,諸般の事情から急遽八ヶ岳 阿弥陀岳南陵に変更になりました.ここは,日南さんが20年ほど前に冬期に,私が6年前の9月に登ったところでした.冬に行ってみたいなあと思っていた所でした.

12/27
広島市内を夜に出発,いつものようにロングドライブ.大藤さんに運転がんばっていただきました.

12/28
そのまま,登山口に一番近い諏訪南ICまで進んで高速道路を降りる.が,朝食を食べようと結局は茅野まで戻って,デニーズに入ることになる.事前に調べておけばよかったと思う.

再び始動して,登山口の舟山十字路に向かう.おっと,その前に美濃戸口によって登山届けを提出する.遭対協の方から,小型ライトを3つもらう.そして,舟山十字路に向かう.県道484号線を走っていると,案内板があるので入り口は比較的分かりやすい,別荘地を抜けて舟山十字路先のゲートまでたどり着くと,既に多くの登山者が集まっていた.



思ったよりも寒いが,雪は少ないと感じる.準備をして,出発する.一旦林道を少し戻って十字路から旭日小屋目指すルートで入る.6年前は,ゲートを越えて直接稜線に取りつくルートから入ったが,その時は夜に入ったのであまりよく分からなかった.

十字路から林道を下る.


近頃は,デジカメのバッテリーの接触不良が時折あったが,特に問題はなかったが,今回は鼻から起動しない.バッテリーを2度3度と入れ替えて,ようやく起動する.
林道を戻ってくるのか,それともどこかを下山した二人組とすれ違い,その先の沢の徒渉点で最終準備をする.


すると,愛知から来たらしい11人パーティーが追い抜いていった.

若手とベテランの混成パーティーといったところで,人数もちょうど半々程度かなと思う.日南さんが,「若い人がいていいなあ」とつぶやく.一糸乱れぬといった感じで淡々と進んでいった.この時は若い女性がトップだった.

渡渉して,左手に沢や堰堤を見ながらしばらく進むと,11人パーティーの最後尾が見えてきた.こちらもスピードが出せるわけではないので,追いつけるかといったらそうもいかないし,微妙な距離にならざるを得ない.結局11人パーティーは,旭日小屋の直前で一本入れたので,「助かりました.ありがとうございました.」といって抜いていくと,「次がんばって!」と言われてしまった.我々も旭日小屋の前で一本入れた.

通称?「旭日小屋」とその近くのトイレ(便器が設置してある)


この小屋は,どうやら資材置き場になっているみたいだ.緊急時以外には使えそうにもなかった.
この小屋の先は急登になっていて,急登を登り切ったあたりが下の林道からダイレクトに稜線に取りつく場所との合流点になっていた.トレースがついていたから,ダイレクトに登る人もいるのだろう.6年前はこのあたりにテントを張って朝を待った.

稜線にでると,私有地だろうか.境界を示すワイヤーとか木の札が目立ってくる.6年前は朝5時前に出発していたので,このワイヤーの記憶くらいしか残っていなかった.先行者がいたようで,トレースはしっかりしていた.樹林帯をひたすら進む.

一本入れている最中.予想以上に冷える.


日南さん


それほど急登というわけではないのだが,ペースは上がらない.お尻のあたりの筋に痛みを感じ始めてくる.大藤さんが少し遅れ気味かと思うので,ペースに気をつける.11人パーティーと抜きつ抜かれつになって進む.この11人パーティーのベテランの方が一人かなりへばっているみたいで,リーダークラスの人がついて進むようになった.

私たちもペースを維持することにして進む.この先は,立場岳(2370m)と無名峰(2564m),それとテン場の「青なぎ」と呼ばれる場所がある.6年前はテン場から立場岳まで1時間25分だったので,「あれ,こんなに大変だったかなあ」と「若い頃」の印象に左右されはじめる.記憶がごっちゃごちゃになってしまっていて,立場岳は気付かずに過ぎてしまったのかなあなどと思い始める.結構疲れてきたなあと思い始めた頃に,11人パーティーが一本入れているところを追い抜くと,そこが立場岳だった.がっくりくる.この時は,この先の無名峰の先に青なぎがあると思い込んでいて,まだ2時間かかるかなあと嫌気がさす.

ところが,立場岳からスルスルと下っていくと,何と青なぎが現れた.午後2時過ぎだった.舟山十字路からおよそ5時間だった.

青なぎ


大藤さんがやって来て,「ここにテント張ろう」と言う.遭対協の女性から,樹林帯を抜ける前にテント張るようにアドバイスもらっていたからだ.一般的にはここに張る人が多い.11人パーティーもここに張りたかったらしい,リーダー格の人が何か言いたそうにしていたので,「隣空いていますよ」と提案したものの先に進んでいった.

整地する.


ところが,テントとフライが微妙にあわない.しかも,スリーシーズン用のフライだ.何とかフライにテンションをもたせて張ることにする.


テン場から南陵を眺める.


大藤さんがもってきてくれたウイスキーを飲みながら体を温めて,まずは行動食,そして夜食を作って食べる.あまり食欲はない.思ったよりも疲れた.あー,冬山に登る体になっていないなあと痛感する.
午後6時過ぎには就寝態勢に入る.夜は冷え込んだらしいが,思ったよりも眠ることができた.時折風にあおられたフライがテント本体にあたり,テント内側の霜を振り落とし,それが顔に掛かる,その度にたたき起こされたようになるが,それでもマシな方だろうか.11人パーティーがいるから,翌朝は3時半起床にして,先に核心部に取りつく計画にした.

12/29
「おい,5時だぞ!」と大藤さんの声が聞こえた.目覚まし掛けておいたが,目出帽の上から帽子まで被っていたので聞こえなかった・・・.と,気がつくと大藤さんはいつの間にかアウターを着ていて,すぐにでも出発できそうだし,日南さんもオーバーズボンを既に履いている.お湯を作って,朝食を流し込むようにして食べて,更にお湯を作ってテルモスに入れてテントの外に出る.気がつくと日南さん既にゲーターも履いている・・・.支度が早い・・・.
テント撤収を手伝っていると出発時間が余計に遅れるなと思って,ここはお二人にお任せして自分の準備に徹することにした.二人は寒くて寝られなかったと行っているが,とにかく行動が素早い.

朝日に輝く南陵.


結論的には,インターネットでその後調べてみると,この日南陵に取りついたのは私たちを含めて6パーティーはあったようだ.私たちの後から2人パーティーが来ていることは分かっていたが,準備をしている間に追い抜かれてしまった.随分と荷物が小さくて,大藤さんが感心していた.この二人は大阪から来たということだった.11人の愛知パーティ,それからもっと先に,東京,長野,長崎(各2人)のパーティー,計6パーティーらしい.

ということもあってトレースはしっかりしていた.730出発.
私のデジカメは,アウターのポケットに入れてテントに入れておいたが,バッテリー切れとのことだ.核心部で最後の一枚を取ることに賭けて,大藤さんに写真をお任せすることにする.

出発!


冷え込みが厳しい.


東京パーティーの報告では,今朝は-24度まで下がったということだった.実は,個人的に今回は最終実験みたいなことを行っていた.いつまでも続きそうでそれはあり得ないと言われそうな「靴下は1枚か2枚か」に個人的に決着をつけようと考えていた.6年前,奥秩父縦走・敗退の際に,足指に軽度の凍傷をおってしまって,下山後は指が腫れて3日ほど靴が履けないことがあった.この時は,皮膚科に行って「ユベラ軟膏」と「ビタミンE錠剤」を処方してもらったが,これ以降足指の血行が極端に悪くなってしまって,近頃では真夏でも指先が冷たいことがある.なのでソックスにはかなり気を使って色々試してみた.ソックスの選定はそれなりにできたかなと思うが,それでも「2枚の誘惑」に打ち勝つのは結構大変だ.近年1枚の方がよろしいということがいわれていることは理解しているが,それでも2枚でやってよかったと思うことがあったので,追実験を行うことにしたのだ.初日は薄い軍足の上にソックスを履き,そのまま朝まで寝てみた.2日目はソックス1枚にしたのだ.結論はすぐに出た.1枚の方がよろしいようだ.実は寝ている間も足先はかなり冷たかった.6年前に凍傷になった際に,不勉強で靴下をはいてしばらく寝ていたのだが,それではかえって血行が阻害されてよくないということを後になって知った.
とりあえず,1枚にして徐々に足先が暖かみを取り戻すことを感じるようになった.

無名峰までは1時間弱で付き,樹林帯を越えると岩峰が大きく見えてきた.

無名峰付近から


南陵の岩峰

核心部のP3を,P2付近から眺める.左下のやや緩やかな斜面上部をトラバース気味に進んで,P3基部に取りつく.

P1付近の台地状に上がると,なぜかシャルレのバイルが雪に刺さっていた.先行大阪パーティーが忘れたのだろうかと思うが,見上げてみるとそんな様子はない.手にバイルらしきものを持っている.持って行こうかと思っていると日南さんの手が伸びてきた.そのまま持って行く.

茅野・諏訪湖方面を眺める.


トレースを辿って,P3基部のバンドに入る.ここからワイヤーが張ってある.


樋(とよ)と呼ばれる核心部のルンゼに取りつき.先行者が進むのを待つ.


核心部の取り付きまでテン場からおよそ2時間だった.11人パーティーの最後尾と大阪2人パーティーが待っていた.「すみませーん,どなたかバイル忘れていませんかぁ?P1付近に突き刺してありましたよぉ.」と声を掛ける.11人パーティーの最後尾は女性の方で,「ひょっとしたら自分たちのものかもしれないけれど,よく分からないけど,とりあえずもらいます.」ということになった.大阪組は,「なんか刺さっているなあと思ったんですがぁ・・・」と歯切れが悪い.

寝坊した自分たちが悪いのだが,結局ここで1時間ほど待つことになった.茅野方面から風が吹き付け,おまけに日陰になっていて容赦なく体温を奪っていく.岩に体を向けて待つことにする.
手の指先も冷たくなってきた.指先が冷たくなって手を叩く人がいるというが,気がつくと手を叩いている.太ももの間に手を入れたりして粘る.

ようやく大阪組のセカンドが出発し,更に上部でまだ詰まっているのを待って,ようやく我々の出番だ!トップ日南,セカンド楠堀,ビレー大藤の態勢で行く.大藤さんから小型ブロッカーを借りる.

日南さんの勇姿を!


が,結局この間に体が冷え切ってしまったおかげで,頭がぶっ飛んでしまったようだ.いよいよ日南さんが登っていくというときに,ロープをかわそうとすると「そのままじっとしていろ!」と日南さんから注意を受ける.よく分からないなあと思っていると大藤さんが説明してくれた.日南さんが落ちたらロープで吹き飛ばされてしまうことを理解して,そのままじっとすることにした.

ここでは貴重な体験をしたと感じた.このとよを通過している間に自分の思考が「とにかく前に進むこと,みんなが寒くならないようにすること」を最優先する方向に流れていった.コミュニケーションを含めて.安全に気を配ることはぶっ飛んでしまっていたようだ.経験不足を痛感するとともに,貴重な体験だったなと思った.

日南さんがいよいよ登りはじめる.6年前に来たときには,出だしの岩場がそれなりの高さがあったが,雪で詰まっていて出だしの難しさはなかった.張ってあるワイヤーの起点にランニングを取って日南さんが上がっていく.あっという間に先行者に追いついてしまった.大藤さんから手渡されたデジカメで核心部の一枚をかろうじて撮影できた.大藤さんのデジカメもバッテリー悲鳴を上げて,次に最後の一枚に賭けることにした.

結局日南さんは先行者を雪面で20分ほど待ってセルフビレーに入る.先行者の関係で35m程でピッチを切った.そして私.出だしは雪がしっかり詰まっていてステップが切ってあるようなものだったが,途中から雪がぐずぐずで足を取られる.日南さんの所まで上がってセルフビレーを取る.そして大藤さんが上がってきて,2ピッチ目はそのまま大藤さんが上がっていくことにする.

先行者は3ピッチ目に入っているのが見える.2ピッチ目,大藤さん快適に上がっていくかと思ったが,上部でやや苦戦している模様だ.その理由は上がって分かったことだが,上部が氷で覆われていたからだ.自分が上がっていくと,氷が目の前に現れてビックリする.手の指がしびれてピッケルをまともに振ることができない.大藤さんにアドバイスもらって,左側の雪面から上がっていく.後で聞いたところでは,大藤さんもこのあたりではランニングを取ることができなくて(発見できなかった),こことで落ちたら30mは落ちるなぁと思いながら慎重に進んだようだ.先行者のツァッケの跡を確認しながら登ったようだ.冷静だなあと思う.
ここでセルフビレーを取って一旦休憩して,それからフリーで進むことにする.後は岩稜帯なので,アイゼントレーニングを行っていれば問題は感じない.気がつくと日南さんがあっという間に登ってきていた.速い・・・.結局私たちは2ピッチで終えた.

P3上部から,頂上・P4方面を眺める.


P3上部でハーネスをはずして,テルモスのコーヒーを分け合う.頂上には大勢の人の姿が見えるから,恐らく11人パーティーが登頂したのだろうと思う.あとは,P4のバンドを慎重に通過すれば問題はない.岩峰の左側にバンドが走っているから,テントマットをあらかじめザックの左側に着けておいた.バンドの足場は安定していて慎重に進めば問題はないが,左側は切れ落ちている.

頂上直下にある仏塔(6年前)


密かに楽しみにしていた頂上直下の仏塔は発見できなかったが,緩やかな斜面になったと思ったら頂上だった.テン場からおよそ4時間半だった.「ありがとうございました」と自然と口から出た.頂上には誰もいなかった.

しばらく休憩して,下山に入る.御小屋尾根から下る.ここもトレースが着いていたが,先行者は見えない.摩利支天まで問題なく進むが,その後は急坂が続く.
日南さんが何かいっているなと思うと「肘打った」と聞こえる.えっ,怪我したのかと思って振り返ると違うらしい.次は「肘打ちたい」と聞こえる.???そしてようやく意味を了解して,「それでは樹林帯までがんばりましょう!」
大藤さんが「尻セードもいいぞ」というのでやってみるが,あまり進まない.仕方なくじっくり降りることにする.

2200m付近から御小屋山付近はまではなだらかであったが,なかなか降りていかないのでじれったくなる.途中で2人組と,写真撮影だろう一人に出会った.そして,1950m付近でテントを張っている人がいた.中からラジオの音と話し声が聞こえてきた.そしてこの後,トレースが登山道をはずれて谷方向に向かって降りていっているのを見つける.日南さんが降りていくのを見て,一瞬地図見ましょうと言いかけるものの「谷底への誘惑」に負けてそのまま着いていく.しかし,しばらくするとトレースがトラバース気味に方向を変える.仕方なしにもっと谷に向かって降りていくがおかしいと思い始める.地図で確認すると,そのまま登山道を進むのが正解だった.もうひとつ尾根を越したところに舟山十字路があった.大藤さんも降りてきてしまった.仕方なしに,登山道が進んでいるだろう方向目指してトラバース気味に進む.しばらくすると,前方にぽっかり空いたような空間が見えてきた.目をこらしてみると,踏み跡が見えた.20分程度であったが,やはり地図で確認すべきだったと反省する.

後は,はっきりした登山道をゆっくり降りていく.下山途中のハプニングにも遭ったが,ほぼ安全地帯まで降りることはできた.そして,十字路のゲートを見つけてほっとする.11人パーティーは既に降りていて,一息入れていた.あのバイルはどうなったのだろうか?

遅れていた大藤さんも下山して,これで無事終了.流石に冬のアルパインは厳しかったなと思う.とても有頂天になどなっていられないと感じた.車の中に置いてあったペットボトルはカチカチに凍っていました.

ありがとう,阿弥陀岳!

その後は上諏訪のビジネスホテルに泊まることにして,ホテルの敷地内にある「ちゅうぼう」という居酒屋で,いい感じのマスターを交えながらビールを飲みました.

12/30
渋滞は中京地区であったので,中央道をはずれて名古屋に入って,東名阪道で帰ってきました.

追記
帰ってみると,環付きカラビナとATCが見当たらない.どうやら舟山十字路に忘れてきてしまったらしい.愛着のある道具だったので,とても心残りです. 





 
posted by: kussan | アルパイン | 23:07 | - | - |-
広島勤労者山の会創立30周年記念事業集中登山:自主企画2 八右衛門沢から霞沢岳
CL楠堀,SL大藤(安佐岳友会),久保田,山本

この自主企画の構想について,その概要は年明け頃から考えていた.明神岳と上高地をベースにしてもうひとつできないかというものだった.その有力候補は霞沢岳であった.当初二つ目の山行は単独で行う予定であり,単独なら霞沢岳の一般ルートでいいだろうと考えていた.ところが日が近づくにつれて,もう一本バリエーション登ることはできないだろうかと考えるようになっていった.そんな時,以前大藤さんから頂いた六百山の映像を思い出し,更に大藤さんから霞沢岳には他にもルートがあることを教えていただき,たどり着いたのが八右衛門沢から霞沢岳への登高だった.この自主企画はバリエーションを二本登るというのが計画の全体像になった,

堀内さんは抜けたが,宮本隊から山本さんが加わって,また4人で登ることになった.

8/17 実は自主企画2は17日から始まっていた.明神から下山後,八右衛門沢の入り口を確認することにしていたからだ.帝国ホテル裏のバス道路を進めば「八右衛門沢橋」がかかっていて,そこが入り口であることを確認するのが目的だ.帝国ホテルから200mも行けば八右衛門沢橋だ.

八右衛門沢橋
263

264

八右衛門沢橋を確認して,夜の集いに参加するために上高地公園活動ステーションに向かう.田代橋を渡って,ウェストンのレリーフを見ることにする.小川が流れる場所の壁にはめ込まれていた.そして,レリーフから見る八右衛門沢は,ちょうど上部奥深くまで見渡せる場所になっていた.

レリーフ
283-1

レリーフ前から見た八右衛門沢
280

8/18 午前4時起床,5時過ぎには出発した.河童橋まで来て,何とヘルメットを忘れたことに気がつきテントまで戻る羽目に.失態だ.

ところで,実は明神岳からの下山では,実はこの八右衛門沢の方が明神岳よりもやっかいなのではないかと話し合っていた.前日の下見を終えても,やはり上部は急峻で,小沢が入り組み迷い込みやすい,それに情報が少ない・・・.そんなことから八右衛門沢はかなり手強いのではないかと予想していた.

八右衛門沢橋脇にある林道から入る.
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しばらくすると不思議な何かが立っている.これはweb上で紹介されている.
300

林道終点地点は,作業用の小屋が建っていた.
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防災用だろうか,工事が進められているようだ.
304

ここにある堰堤を越えると,いよいよ沢歩きだ.ここからヘルメットをつける.
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しばらく行くと,土石流センサーと紹介されているワイヤーシステムが現れた.電源とつながっているようだ.
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大きな堰堤が現れる.左から越える.
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古い堰堤も現れる.
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すぐに巨岩帯に入る.
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web上で紹介されているV字岩もあった.
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巨岩は,正面突破できるものもあるが,大概は巻くことにした.3〜4級程度の岩がこれでもかと続く.抜けたかと思えばザレ・ガレが続く.予想通り落石には注意しなければならない.ロープで確保して進むこともあった.セルフビレーも取れないので,久しぶりに肩がらみ確保を行った.
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巨岩を抜ける山本さん
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このやや赤い岩は,ウェストンの足跡をたどっておられる御夫婦のサイトに掲載されている写真の岩にそっくりだ.
http://yamanotecho.web.fc2.com/01choivari/doc/1010hachiemonzawa_kasumizawadake01.htm
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ここが恐らく,三本槍沢との分岐だろう.ここを右に進む.
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巨岩帯が出現したので,やぶに入って巻くことにする.
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八右衛門沢の大岸壁の下部地帯が見える.
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巻いた巨岩帯.ここをロープを使って対岸に上がって進んでいるパーティーもあった.
http://jac.or.jp/info/cat40/sansoo/post-570.html


巨岩が現れた.ここも右に進む.左は枝沢だろうか.
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石が積んであって,ひと安心?!
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まだまだ巨岩が出現するが,「抜けた」感が出てきた.
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しかし,このあたりから一層急峻になり,ザレ・ガレも厳しくなる.
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ひどいザレ場.簡単に足を踏み出すことはできない.
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山本さん
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またしても分岐が現れた.
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左分岐方向を眺めていると,特徴のある巨大ピナクル状の岩が確認できる.通称「ローソク岩」というようだ.更にそのローソク岩の右側奥には,何ともはっきりした感じのルートらしきものが続いているではないか!

ローソク岩
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ローソク岩のアップ
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地形図でそれらしき場所を特定し,これも右(青色方向)に進む.
ローソク岩

結論を言えば,実はこのローソク岩の右脇を通って稜線に上がっている事例が紹介されている.その場合,K1近くまたはK1下部で稜線と合流しているようだ.稜線に早く上がりたいのであればそれも一つの方法だ.私たちは右に進む.

涸れ沢を登る.
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このあたりでミスを犯す.進んだ涸れ沢はガレ・ザレがミックスになっていて,落石のリスクがかなり高い.ところが,この涸れ沢の下部で,黒い石の塊を見つけていた.それは20m程続いていただろうか.明らかに沢が涸れたあとだった,しかも古い岩であることは明らかだった.しかし灌木・雑草が生い茂っていて,石を辿ることはためらわれた.右に進んでいるようだったが,左に進む明瞭な涸れ沢に入って行ってしまった.しかしこれがなかなか大変だった.ほんの数十センチが進めない.

ガレとザレのミックス帯.落石のリスクが高い.
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危険と判断して,落石をよける位置で踏ん張って,一人ずつ登っていくことにする.大藤さんが登っていくが,上部で動けなくなってしまった.この涸れ沢を詰めると,左壁に入っていけるようだったが,これ以上の行動は危険だった.このあたりでかなりの時間をロスする.
結局,右手のやぶの中に逃げて行動することにしたが,「はまった」ということは明らかだった.一挙に不安が増幅する.正念場を迎えたのは間違いなかった.

やぶを進む.
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もともとやぶこぎはあまり得意ではないが,このあたりから疲労感が増してきた.草付きで苦労している間に,3人が先に進んでいった.山本さんは身軽に進んでいる.皆問題なさそうだ.だが先に進むとリッジが出現し,灌木をつかみながらの進行になる.この先の様子も分からない,不安が先行する.
色々なことが頭をよぎった.ネガティブなことが頭をよぎる.妻の真記と生まれてくるこどものこと,これから想定されること,・・・.しかし,こんな時こそ自分をはげますことが必要だと思い直すことができ,自分を激しく叱咤激励した.

先行していた大藤さんと久保田さんが検討してくれていて,その結果今進んでいる小尾根を進んでも窮まるだけなので,一旦右側の谷に懸垂下降で降りて,その先にある別の小尾根に取りつこうということになった.その小尾根がK2方面に延びていて稜線に出られそうだという判断だった.

助けられたなあと思うのは,誰もパニックになっていなかったことだった.疲れながらもお互いに声を掛け合って,お互いの存在を意識できているような雰囲気があった.更に,このあたりになって大藤さんの声が一層優しさを増して聞こえてくる.焦っても仕方ないことは皆分かっている,ここは冷静に,安全に,確実に進みましょう!そう言って懸垂下降に入った.

小尾根目指してやぶこぎで進む.
367

やぶこぎもあと100mと考えると辛くなるので,「あと30分」と考えるようにした.小尾根に何とかたどり着けた.だがさすがにバテてきた.しゃりバテしているのではないかと久保田さんに指摘される.ここでトップを久保田さんに交代してもらう.小尾根もリッジ状になっている部分もあり,岩も出てきた.3級程度の岩場だがここで岩を登るのは辛い.周辺の灌木をつかんで岩を越える.

小尾根を進む.
368

稜線まであとわずか!
370

そして,久保田さんの「ついたぞー」という絶叫が聞こえた.もう稜線だと思いながら進む.すると目には,しょぼいが確かな登山道が入ってきた.山本さんと大藤さんも稜線にでる.不安から解放されて涙を止めることはできなかった.K2の直下だった.

登ってきた小尾根
373



9時間半以上かかって稜線にたどり着いた.気持ちをを入れ替えて頂上を目指すことにした.

霞沢岳頂上にて.
1200

正直あまり余裕はなかった,一刻も早く下山にとりかかりたかったが.「ここで焦っても仕方ない」と聞こえてきた.ザックを置いた場所まで戻って食べ物を口にして,それから慎重に,ゆっくり下山することにした.時間をかけて下山することにした.

K1以降は,これでもか,というくらいの下降の連続だった.当面の目標は徳本峠小屋だ.上高地が大目標だが,着いたら22時を過ぎることは間違いない.徳本峠までの様子をうかがいながらの判断が必要だろう.19時頃にはヘッドランプをつける.

徳本峠小屋に着いたのは20時頃だった.小屋に恐る恐る入っていって,ご主人に「飲み物売って頂けませんか」と尋ねる.柔和なご主人からコーラとポカリスエットを購入して落ち着く.

ご主人「どこから来たの?」
私「八右衛門沢からですが,はまってしまって・・・.」
ご主人「ガイド?」
私「いえいえ,広島勤労者山の会というものです.」
ご主人「どこまで行くの?」
私「上高地までです.」

久保田さんがご主人と話して,K1とK2の間の小尾根を上がったのであればそれであっているとのことだった.おそらく最終的には「間違っていなかった」のかもしれないが,・・・.

徳本峠小屋から明神までまでも長かった.虫があかりに誘われてまとわりついてくる.明神に着いたものの,自動販売機は電源が入っていなくてがっかりする.最後の休みを取ってラストスパートだ.

小梨平に着いたのは22時半頃だった.食堂の自動販売機が稼働していて,ビールが売っている!早速購入して,自動販売機前で乾杯して山行を終える.

テント近くのテーブルに一人ぽつねんと座って,山行を振り返ってみる.まだ自分自身で十分に消化できていないようだった.一つ理解できたのは,今回のような山行は,一人なら重い山行となって記憶に残る可能性が高かったと思うが,今回はそうならなかった.それぞれが役割を果たして,乗り越えたという感覚だった.良き仲間に巡り会えたということでもあるのだろう.

嘉門次とウェストンは,それぞれ優れた案内人・登山家であると改めて思う.たった一つの沢筋を見誤るだけでこのような苦戦に陥るとは分かっていたとはいえ,改めて山の難しさを思い知ることになった.良き仲間とともに登ることが出来て幸せだった.

ありがとう八右衛門沢,ありがとう霞沢岳.


posted by: kussan | アルパイン | 10:49 | - | - |-
広島勤労者山の会創立30周年記念事業集中登山:自主企画1 明神岳主稜縦走
8/14〜17 CL楠堀,SL大藤(安佐岳友会),久保田,堀内 ;梅比良(岳沢小屋にて合流)

本年は当会の創立30周年にあたる年になっており,その記念事業の一環として集中登山を計画してきた.集中登山の中の自主企画として,明神岳主稜縦走を計画した.集中登山では,8/17の夜に上高地公園活動ステーションに集合することにして,その前後に山行を実施することになっていた.

8/14 夜広島出発.

8/15 アカンダナ駐車場に車を停めてバスで上高地入りし,デポ品を活動ステーションに預け,明神岳主稜取り付きに向かう.

河童橋から1時間弱,岳沢登山道を歩くと目の前に7番標識「風穴(天然クーラー)」が現れる.ここは登山道と小尾根が工作する地点で,尾根に入り込まないように綱が張ってある.一本とって尾根に入る.
15

すぐに急登が始まり,これが延々と続く.休憩ポイントは少ない.
19

2000m付近まで上がってくると,尾根が細くなってくる.


約200mにわたってかなり細い尾根が続く場所があるということであったので,これがそうなのかと思うがそれほどでもない.このあたりで自分の調子の悪さに気がつくべきだったかもしれないが,要するに明神岳を反対方向から下山してくる場合の情報と交錯させて考えてしまっていて,おかしいなあという気持ちをわき起こしてしまい,かえって疲れてしまったようだった.

約2200m地点から,細い尾根が始まる.
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トラロープが張ってあり,「これが噂の道かぁ」と思う.特に危ないわけではないが,ロープにザックが引っかかり押し戻されたところを久保田さんに押し戻してもらった.このあたりで相当に息が荒くなってきた.しかも呼吸が簡単に回復しない.酸素が体内に入っていかないような感じがする.久保田さんに荷物の一部をもってもらう.

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古いロープが続く.
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樹林帯を抜ける.
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2236峰(独標)上部を見る.
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もうまもなくで天幕予定地の絞台地に着くというところで,へたり込んでしまった.ちょうどテントを張ることができる場所があったので,ここで一本入れる.
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息が荒い,気持ち悪い,ボーッとする,かなり汗をかいて,水もかなり飲んだ・・・.かつてなったことのある高度障害に似た状況になってきたが,高度障害なのか寝不足なのか判然としない.相当に支障が出てきたことだけを自覚する.

上から二人組が下山してきた.ここは決断所かもしれない・・・.CLとSLを入れ替えて,二人組について下山すべきだろう・・・.

だが私たちパーティーの決断は全く違ったものになった.「よし,1時間休憩しよう!」と久保田さんが提案してくれて,皆がそれに同意してくれた.それで回復するかどうかは分からなかったが,とりあえずその場で眠ることにした.下山の二人組も相当バテていた・・・.
とりあえず岩の上に体を預けて目をつぶる.息だけが荒く聞こえる・・・.

気づくと30分ほど気絶していた.頭は相当にすっきりしていた.信じられないことにかなり回復していた!こんなこともあるのかと信じられない気分だった.このテン場にしようかという提案もあったが,台地まで上がることにした.

絞台地に向かう.
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絞台地には先行パーティーがテントを張っていた.


18分で天幕適地を見つけた.このあたりには5〜6張程度張れるか?
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7番天然クーラーからおよそ5時間かかった.テントを張って,もってきたビールで労をねぎらう.
1033-1

それでもダメージはあったようで,いつもより食欲はない.皆元気だが,寝不足にかわりはない.18時には皆寝てしまった.

夜中に大藤さんが起き出して夜空の撮影を行っている.「まだ12時だ!」と久保田さんの声が聞こえ,堀内さんも起き出してしまった.じっと耐えて寝続ける.

8/16 4時起床,5時半出発の予定通りだ.少し余裕があるくらいに準備ができた.よく眠ることができて,快調だ!

絞を見上げる.
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景が見える.
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5時半少し前に出発する.大概岳沢側を巻きながら進むものと考えていたが,気がつくと絞頂上に着いてしまっていた.もうひとつのパーティーも出発したようだった.
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絞頂上にて.検き掘き供ぜ臺が順番に確認できる.
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検き景
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絞方面をふりかえる.
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己の登り途中,「鳩サブレー」を発見.
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「鳩サブレー岩」の正体.
101-1

あっという間に己頂上に.掘き供ぜ臺を眺める.
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己頂上にて.
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景に向かう.
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さすがにこのあたりに来るとザレてきた.岩はもろく,はがれやすく動きやすい.南アルプスの鋸岳のような雰囲気だ.
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景は岳沢側から巻いた.踏みあともある程度ははっきりしている.そのまま曲に向かう.

曲頂上からふりかえる.
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慎重に進むと曲頂上に着いた.ここから懸垂下降があるはずだと思ってふりかえると,頂上から少し下がった梓川側に,懸垂支点があった.

有名な懸垂支点.
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曲頂上を見上げる.
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大藤さんがセルフビレーを取って懸垂の支点を確認する.結局チェストハーネスも使って降りることにした.体が安定してよかった.

1回目の懸垂箇所.約15m程度.ここは恐らく,登攀ルートの確保で使う場所だろう.
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降りるとトラバース気味に10m進めば次の懸垂箇所があった.
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曲頂上を岳沢側から巻いていくと,二回目の懸垂地点にダイレクトで下降する懸垂ルート(約20m)があるが,ほぼ垂壁だ.

懸垂下降中の久保田さん.
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2箇所目の支点.
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主峰を眺める.
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前穂高岳と吊尾根が美しい.
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2度目の懸垂(約20m)を降りる大藤さん.
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堀内さんも降りてきた.
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久保田さん
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鞍部に降りて,少しがんばれば,明神岳主峰だ!

明神岳主峰頂上にて.
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ばんざーい!
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前穂高岳を眺める.
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前穂高岳に登って重太郎新道で下山する計画であったので,もう一度気を引き締めて進む.このあとにまだ懸垂下降が待っているはずだ.

明神岳主峰をふりかえる.
170

懸垂下降があるはずだと思っていたが,少しザレた縦走路が続くだけで,「懸垂無いみたいですね」などと話し合っていたが,少し進むと崖が現れた.実は,主峰直下で懸垂があるのではなくて,縦走路が奥明神沢と交錯する地点で懸垂下降になっている.そのまま下降もできそうだったが,下部の様子が見えず,安全を期して懸垂下降に移る.ロープが届くかどうかも分からないが,一旦降りてみると,2箇所ほど支点を見つけることができた.恐らくロープが足らなくて分けて降りたのだろう.結局10m×2回の懸垂下降で鞍部に降りる.ここで時間をロスするが,かなり順調だ.そして,いよいよ前穂高岳に向かう.

明神岳方面をふりかえる.
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下から道標が見えるが,なかなか近づかない.

道標に到着.
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ついに前穂高岳頂上!簡単には登らせてもらえませんでした.
203

しばし前穂高岳を楽しんでから,重太郎新道を下山する.

紀美子平.明神の後続パーティーは,まだ前穂高岳の登りだった.
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なかなか手強い重太郎新道.慎重に下山する.
241

重太郎新道を降りるのは結構大変だった.慎重に降りた.この頃になると下山もあって気温が上昇し,徐々に厳しくなってきた.30分に一度のペースで休憩を入れることになった.15時岳沢ヒュッテの予定であったが,16時頃になりそうだったが,焦ることはない.十分に余裕はある.

ところで岳沢ヒュッテには,梅比良さんがやってきて「梅比良ごはん」を作ってくれることになっていた.我々はかなり疲れてしまったので,とりあえずビールだけでも飲んでそれ以上はもう無理!といった雰囲気になっていた.しかし,梅比良さんが来ていなかったらどうしよう,きっと無理だったはずだなどと話していると,ようやく岳沢ヒュッテに到着した.キャンプ場所に梅比良さんの姿は見当たらず,がっくりする.
とりあえずテントを張りつつ,ヒュッテにキャンプの申し込みをする.ヒュッテに向かって河原を渡り,ヒュッテ前に着くと,見たことのある後ろ姿が見えた!「うめちゃーん!!」.来てくれていたのか!正に天使のごとくとはこのことか.

皆がそろったところで生ビールで乾杯.
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生ビールは800円だが,ジョッキをそのまま持って行っておかわりすれば700円だった.うまいのなんの!梅比良ごはんも美味しい,ごちそうさまでした!!

8/17 上高地へ下山予定なので,8時出発だったが,皆早く起きてしまって少し早めに出発した.

岳沢ヒュッテ前にて.
1150

山をふりかえりつつ,ゆっくり慎重に降りた.風穴天然クーラーはいい休憩場所だ,2時間半かけて河童橋に戻ってきた.デポ品を回収して,小梨平キャンプ場にベーステントを張って,お風呂に入って,昼食を食べて,お昼寝をした.15時過ぎには宮本隊(涸沢〜奥穂高岳〜重太郎新道下山)が下山してきて合流.

河童橋をバックに.
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明神岳絞への登りでは下山も覚悟しましたが,ベテランの判断に助けられました.ありがとう明神岳,ありがとう前穂高岳.
posted by: kussan | アルパイン | 22:08 | - | - |-
阿弥陀岳北稜 2012年12月29〜31日

年末の冬合宿は「八ヶ岳

参加者は「硫黄岳・横岳」パーティーが5名、「阿弥陀岳北稜」パーティーが3名と2名の2パーティーの計10名

12月28日20時に広島出発、29日早朝に諏訪IC付近の「すき家」にてガッツリと朝食を済ませ、美濃戸口へと向かう。広島からだと遠いのなんの...美濃戸口から美濃戸まで車で行きたかったが、雪が多く美濃戸口に駐車となった。

硫黄岳パティーもあり、今回の幕営地である赤岳鉱泉に向けて不眠不休で出発する。(眠い..)



29日の天気は快晴、明日からは寒波の影響で下り坂とか...



気温5度とは暖かすぎるだろう? 12月初旬の大山では−5度だったのになぁ。






美濃戸山荘 北沢、南沢の分岐から赤岳鉱泉へ向けて不眠不休で歩く。


美濃戸口から歩くと、この辺りで歩くのが飽きてくる...


ピーカンだ〜 明日もピーカンなら良いのだが、下り坂で悪くなる。


赤岳鉱泉到着!


早々に幕営準備に入る面々です。テントは3張りです。


アイスキャンディ
次回来たときには、このアイスキャンディで遊びたいですね。
その後、夜食と宴会と不眠不休で疲れ果て、19時就寝となった。(はやっ!)


翌日12月30日早朝、阿弥陀岳北稜A班は出発なり。


こちらも阿弥陀岳北稜B班のベテラン組みの2人


硫黄岳・横岳縦走組はこちら。


阿弥陀岳北稜A班
行くべぇ〜


行者小屋にて最終チェック&休憩だが、天候は更に下り坂だな。


阿弥陀は吹雪いている。


ジャンクションピークの登りは急です。
阿弥陀岳北稜B班ベテラン組みの2人


阿弥陀岳北稜A班も悪天候と戦いながら越えていきます。


第一岩稜 卦 45m
取り付きの1ピッチ目は先行パーティーさんがいます。
中央2人は我らA班の2人です。私も合わせて3人のA班です。
1ピッチ目のルートは2ヵ所あるらしいが、写真左の3名がいる下側のルートを登攀。
先行パーティーさん達は結局、トップ以外の方が左側のエスケープルートを行かれました。
(後続の我々に気を使って頂き、ありがとうございました。)


2人のアップ。待ち時間もあり吹雪いているので、この後は3人でツェルトを被って防寒着を着込み登攀準備。と言っても2ピッチしかないバリエーション入門ルートで易しい登攀となります。


1ピッチ目、トップG氏、セカンドのK氏とM氏


1ピッチ終了点は
私を使ってください」と言わんばかりのピナクルで構築。(噂には聞いていたがご立派)
雪や氷が岩に張り付き、「ガバ」が少なかったが、終始安定した登攀ができた。

事前に色々と山行記録を調べて、支点が数ヵ所あるとの事だったが岩峰を越える場所にペツルのボルトが縦に2個連打であるのみ。(雪で発見できなかった?)

その後、岩と草付のミックスでアックスを1本出して楽しく登る。
結局1ピッチ目はペツルと木の根で支点を2ヵ所を作り、最後にこの大きなピナクルで終了点とした。
先ほどエスケープして行った先行パーティーさんが、2ピッチ目の取り付きへ向けて登ってこられた。


3人なのでセカンドはFIXロープとし、ベーシックで登攀してくるK氏。(いつもはK氏がリードする)


1ピッチ終了点にてビレーする左、登攀してきた右M氏。
今回はATCガイドを使ってビレイしてみた。


第二岩峰 教蕁棔。苅娃
2ピッチ目のスタートです。
階段状とは聞いていたが、このように本当に階段でした。
(岩峰越えにバイルは不要です)


ここまで登攀したらピナクルで支点が取れます。(支点構築中)
岩に雪が付いていなければロープも必要ないと思ったが、安全第一で行きましょう。


ビレーしてくれているM氏(いつも頼りになります。)


2ピッチ目の終了点はこれ!
ちょっとしたナイフリッジを越えた3m位先の右にあります。右側は切れ落ちているので雪の状態により注意が必要です。
(この写真を撮ったあとに安全環付カラビナに変更して確保点とした)


K氏、吹雪の中ナイフリッジ手前で。


G氏、ビレイ点でM氏をビレーする。寒いが頑張ろう!


M氏楽しそうでした!
ここからはロープ無しで行きます。


阿弥陀岳山頂です。真っ白で何も見えません...
行者小屋〜北稜〜阿弥陀岳まで4時間(待ち含む)


山頂を3人で独占! 天気悪いもんね。
ここから中岳のコルへ向かうと、先ほどの先行パーティのトレースは中岳沢へ...
しかし、雪崩の危険が高い。悪天候だが、中岳〜文三郎道を経て下山するルートをとる。


中岳山頂。
ここも真っ白で暴風雪である。


(ここから先は3人共に写真を撮る余裕はなかった)
文三郎道の分岐までは、かなりのアルバイトであった。(トレースはすぐに消える)
強風でフラリ〜フラリ〜としながら、ヘロヘロで文三郎道の分岐までたどり着いた。ここを直角に左折して風裏となる場所でテルモスの紅茶にて一息入れる。生き返った!(ここからはダッシュで下山する)


無事に行者小屋まで帰って来ました。(他の方々)


赤岳鉱泉BCに到着! 疲れ果てているでしょ。
硫黄岳・横岳パーティー5名は悪天候の為、硫黄岳をピストンして既に下山していた。
阿弥陀岳北稜B班の2人は体力と悪天候から中岳のコルから下山したとの事で、既に下山されていた。全員無事に下山出来てよかた。
(結果、この年末年始では北アルプスを中心に、雪崩によると思われる遭難もあった)


iPhoneのGPSログです。(ログは時間記録方式)



posted by: chopper | アルパイン | 08:00 | comments(0) | - |-
宮崎 雌鉾岳 比叡山1峰 
   参加者 CL宮原 SL南場
 実施日 2012年 10月5日〜10月7日 
 場所  宮崎県 雌鉾岳 大長征ルート
         比叡山1峰 第1スラブルート ノーマル、スーパー 

以前から計画していた北鎌尾根〜槍ケ岳ですが、お互い直前に体調不良となり
第二案の九州行きに変更しました。

5日      移動日  8時間

6日  雌鉾岳  9時登攀開始14時21分登攀終了

フリクションの良く効くスラブですが、ランニングビレイポイントが無いに等しく
中間のバンドまで、慎重にスラブを登る。
鉾岳 スラブ

バンドに到着しトラバース。
鉾岳 バンド

大滝左ルートのバンドから上部を垂直方向に登る。
登る前に行動食を食べ12時20分だったと思う。
2ノ坊主を登り頂上へ出たのが14時21分であり、
バンドから4ピッチに2時間弱、費やしていたと後で気づいたが
お互いに、てきぱきと登っていたと思うので、そのギャップに驚く。
鉾岳 大滝左ルート

最終ピッチ 2ノ坊主登攀
鉾岳 2ノ坊主



7日  比叡山1峰 第1スラブ 9時登攀開始12時20分登攀終了

地元の山岳会の方々だと思いますが、順番を譲って頂き、有難うございました。

取付きから第2スラブ方向へ行ってしまうが、地元山岳会の方のアドバイスにより
途中から戻り、第1コブ岩の見えるテラスまではノーマルルート、
そこから2ピッチはスーパーで最終ピッチはノーマルと合流し登攀終了。
ノーマル、スーパーとも空間に露出した高度感が有り、楽しく終わりました。
岩もすっきりとして、鉾岳とは、また違うフリクションを楽しめました。
雌鉾岳もそうでしたがキャメロット#1#2が2セットと#3と赤のエイリアンが
有れば、まずは困らないでしょう。

比叡山1峰

(報告 南場)

   

九州は良いところですね。
また宮崎は面白いところでした。

トレーニングの成果ありました。
いろいろな意味でヒントをくれた
みなさ〜ん、ありがとうございました。
南場


昨年、天本さんに連れて行ってもらった雌鉾岳・比叡山に今年は、
窓が山の自称「妖精」と同行しました。雌鉾岳のスケールの大きなというか、
恐怖のクライミングを今年も味わうことができました。
記憶は都合の悪いものを忘却させており、今度は良く考えてから取り付くことを
自分に警告しておきました。一方、比叡山のクライミングは
快適、適度な緊張感&アプローチ至便で申し分なし。
広島から8時間かけて行く価値あり!
天本さん、面白かったよ!
みなさ〜ん、面白かったよ!
窓が山の妖精にスラブ免許皆伝をもらったら、ぜひ行きましょう。
宮原



posted by: hwachwac | アルパイン | 22:15 | - | - |-
雪彦山 地蔵岳東稜ノーマルルート
  参加者 CL宮原 SL南場
 実施日 2012年 9月16日 日曜日
 場所  兵庫県 雪彦山 地蔵岳東稜

梅雨前から言っていた雪彦山へ行ってきました。

広島3:30発  雪彦山地蔵岳東稜登攀開始8:20   登頂10:30 

午後から雨との予報で午前中に完了、下山するとの計画通り11:45には
下山報告出来ました。

7月初旬の雨降る日に、吉川さん、宮原さん、南場の三人で
わざわざ兵庫まで来て、取付きを確認しておいたため
今回は迷わずスタート出来ました。
前回は胸や腹までヒルに血を吸われ散々でしたが、今回はいませんでした。


皆さん、練習して、今度は一緒に行きましょう。

雪彦山地蔵岳



 
 
posted by: hwachwac | アルパイン | 20:40 | - | - |-
雌鉾岳 大長征ルート、比叡山 ニードルノーマル2011年10月
2011年10月8日 土曜日
クルマではるばる宮崎へ。
宿泊は、つりがね。平成18年まで小学校だったものが改装されて宿泊もできる。
教室に畳が敷いてあり、大勢で合宿には最適。
しかも、地元のお母さんが作る料理は、もちろん手作りで心も和みます。
大きな冷蔵庫にはビールが満載されていて、心は満たされます。

                                             ◆宿泊先情報 鹿川地区交流センターつりがね 
http://www.hinokage.jp/turigane/index.html
〒882-0401 宮崎県西臼杵郡日之影町大字七折4892
TEL 0982-48-0160



2011年10月9日 雌鋒岳 大長征ルート
鋒岳。すばらしい!
見るだけでも価値がある。
大きな花崗岩の山塊はヨセミテか、ツオーラミメドウズのドーム。
長距離を走って来た甲斐があった。

◆AM 9:14
松の大木へ。絵になる景色だ。
松の大木


◆AM 9:37
松の大木から上へ。



◆AM 10:20
大トラバース。
壁の右から左へ数ピッチのトラバース。 特に難しくないけど、 セカンドも緊張。
トラバース


◆AM 10:52
大トラバースを経て、壁の右端で休息。ここまではカンタン。
次の2Pが核心。



◆AM 11:50
このピッチの出だしは緊張します。
実は、この手前のピッチで落ちました。指と足を負傷です。
核心部


◆AM12;19
頂上はもう少し。




2011年10月10日 比叡山 ニードル ノーマルルート

快適な宿泊施設・「鹿川つりがね」を発ち、比叡山の駐車場へ。
2日前はテントと広島ナンバーのクルマだらけで
駐車スペースを心配したが今日は誰もいない。
登り返して、途中の小さな神社へ無事をお祈り。
しばらく歩き続けると登山等から分岐して取り付きへ。 トンネルの上あたり。

◆09:10
取り付き間違えて、ノーマル奥で準備。



◆10:03
2Pカムでとり残置ロックスへ。その後が核心。


◆10:12
2P核心越えてペツルに導かれる。


◆10:53
3Pかな? ここからクラックへ。No.4,3,2,1があると安心。


◆11:49
ニードル先端。お休みスペースがないので懸垂で、コルへ。                


◆12:20
上部は止め。コルから溝を懸垂下降。ロープが回収できずにヘトヘト。
懸垂すると踏み跡があり、程なく登山道へ。


posted by: tabineko | アルパイン | 15:52 | comments(0) | - |-
八ヶ岳<赤岳西壁主稜>2007.2.9〜12      〜事故との遭遇〜
赤岳西壁主稜は赤岳の頂上にダイレクトに突き上げる岩稜で、北峰に抜ける事から北峰リッジとも呼ばれる。岩場と雪壁・ミックス帯などが交互に現れる冬季登攀の登竜門的初級ルート。
この度は県連ネパール遠征訓練での八ヶ岳となる。今や八ヶ岳の岩場は多くのクライマーの理想的ゲレンデとして親しまれているが、自分の中では古い書物の厳しいイメージがそのままに厳冬の八ヶ岳に向かった。 
赤岳西壁主稜
■赤岳西壁主稜ルート(赤点線) 「画像クリックで大きくなります」
<Member>CL 安達(佐伯山の会) 出羽(佐伯山の会) 吉川(現地別行動) 金澤(HWAC) 
<Route>美濃戸〜行者小屋(テント場)〜赤岳西壁主稜〜赤岳〜文三郎道〜テント場〜南沢小滝〜大滝〜美濃戸
<Time>■2/10(土)美濃戸駐(6:15着)〜行者小屋(10:40着)〜主稜取付下見(13:40着)〜テント場(14:30)■2/11(日)起床(5:00)〜主稜取付き(8:00着)〜赤岳(15:00着)〜文三郎道〜テント場(16:30着)■2/12(月)起床(5:00)〜南沢小滝〜大滝(8:30)〜美濃戸駐(9:20着)
<Memory>
美濃戸
前夜発にて美濃戸山荘手前の駐車場に車を捨て南沢を行者小屋へと向かう。
南沢
毎度の事ながら、なだらかな登りとは言え寝不足の身体にボッカはこたえる。個人装備・共同装備・登攀用具・食料の他に夜のお楽しみを担ぎ上げるメンバーのパワーはさすがだ。
行者小屋テント場より
行者小屋にてテント設営。予定の阿弥陀岳北稜は時間により中止、主稜取付きまで下見へと変更となる。
中岳
天気は良く、トレースのある快適な文三郎道をサブザックで登ると中岳・阿弥陀岳・蓼科山等、とても綺麗に見えた。急登となるが、快適な文三郎道の取付きへの下降地点↓より取付きを確認し景色を楽しみながらゆっくりとテン場に戻る。夜は、食担で食通の出羽さんの生野菜を使った豪華ディナーを楽しみ早めの就寝。
文三郎道

翌2/11(日)、弱い寒波の影響か風は少し強く天気は雪。別行動の吉川さんとテン場で別れ、3名で文三郎道より主稜取付きへ向かう。
主稜取付きへトラバース
主稜取付きへのトラバース↑。取付きには数パーティーとソロの男性が確認出来たので、文三郎道より少しトラバースした岩の下で順番待ちにおよそ1時間半。時おりの吹雪で体は冷えきった。ルンゼ上部からオーバー手袋が転がり落ちてきたので回収に行きザックに突っ込む。
取付きにて
↑空いたところでセルフをとるD氏。視界は30〜50m。このルートはピッチの切り方で多少ピッチ数も変わるようだが安定したビレイ点には1〜2個のボルトとスリングがあった。その他は岩角やピナクルにスリングをかけて支点を取った。今回の主稜ではかなり渋滞となり各ピッチ毎に30〜40分の待ち時間があり、さらに後続のパーティーもいた。
1P目・チョックストーン
↑チョックストーンと他パーティー。
1Pチョックストーンチムニー〜凹角状〜コルへ
1P目安達さん。出だしのチョックストーンのチムニー(元蕁砲ら凹角状↑を抜けてコルへ。
1P
さらに少し右上気味に登ったところでひょっこり顔を出し↑「そのまま待て」の指示。上のビレイ点が空くのを待ち、解除のコールで金澤・出羽さんと続く。
2P目安達さん。岩を左から越えてミックスをほぼいっぱい。ここもしばらく時間が空いた。風で声が届き難い。ロープの動きでスタート。ビレイ点はピナクル上のボルトスリング。
ビレイ点

3〜4P金澤。凹状の壁、ミックスから雪稜を行くと上部壁が見えてくるが、ビレイ点は渋滞しているため。手前の丸い岩にスリングを巻いて支点としコール。安達さん出羽さんと合流。安達さんはスノーバーでさらに支点をとる。上部壁の垂壁下まで雪壁を右上し支点を分けてもらいコール。さらに順番待ち。

5P金澤。出だしの垂壁を越え、ミックスを右上気味に20mのあたりでハーケンにランニングを1本とる。少し登ると右上に凹角が見える。ここで再び先行パーティーとの間を登るソロの男性が見えた。ここがこのルートの核心部か(資料と記憶にはハーケンが連打とあったがハーケンは無く、凹角の右の壁にボルトを1つ確認した)安定した体勢が取れないので、クライムダウンし足元の岩角にランニングをとり凹角の4〜5m程下で順番を待つ。
取付き
単独の男性はてこづっているようだったので「大丈夫ですか?」と声をかけた。少しすると男性は「あっ!」と言う声と同時に岩から剥がれ、こちらに向かって背中から宙を舞って落ちて来た。声を出す間もなく岩に身を寄せたが、よける事も受け止める事も出来ず、自分のヘルメットと右肩部分に激突。振り返った時には男性はルンゼを数百メートル滑落して消えて行った。下のビレイ点まで声も届かない。越えた所がビレイ点のはずと思い、慎重に核心に取付くと、先行パーティーの処理されないままのロープが塊となって凹角の出口をふさいだ。苦しい体勢のまま声を掛け、ロープが回収されてからリッジに出る。ビレイ点には先行パーティーのフォロー2名、先々行パーティーのフォロー1名がいた。支点を分けてもらい男性が滑落した事と稜線に抜けたら連絡をと伝えた後、コール。ここも声が届かない。ビレイ中、一瞬ガスと雪が途切れ、取付きへのトレースあたりに先程滑落した男性と同じ色のヤッケを着た人と、そちらに向かう4〜5人の人が動いているのが見えたがはっきり確認はできなかった。
ロープの動きで安達さん、出羽さんと合流し事故を伝える。後続パーティーも追いつく。
上部ミックス状を小凹角まで
上部ミックス状〜小凹角まで。安達さんにロープを渡しリッジからミックスの雪壁、小凹角を抜けてピナクルでロープを解く。雪稜からすぐに稜線に出た所でメンバーの携帯にて連絡。しかし電波が悪く通話は途切れる。トレースの消えた赤岳山頂から文三郎道を一気にかけるように下り行者小屋に駆け込み、事故の報告をした。小屋の人から滑落して自力下山したと言う人がいるので確認して欲しいと言われ、行ってみると先程の男性であった。足を捻挫か骨折したと靴を履いたままテントで休んでいた。「無事でよかった、解りますか?」と聞くと男性は「落ちた時の事はよく覚えていない」と言った。「気を付けて帰ってください」の言葉に無言のまま男性はヘリにピックアップされて行った。
救助ヘリ
その夜は阿弥陀岳方面に出かけていた吉川氏の華麗な調理で再び豪華ディナーとなる。今回の事故は防げなかったのか・・事故に対する対処や行動は間違っていなかったのか・・などと頭をめぐりなかなか寝つけない夜となった。メンバー全員同じ思いであったのではなかろうか。
翌2/12(月)は南沢小滝でアイスクライミングの予定であったが、南沢小滝・大滝の見学のみとし、帰路についた。
大滝
クライマーで賑わう南沢大滝。中地協の行事でお会いした方々もおられ挨拶をかわした。

A/D
<Route Data>赤岳西壁主稜/ピッチ最高グレード検標準タイム3〜5時間(取付き〜赤岳北峰)渋滞がなければ標準タイム以内で十分登攀可能。
<Summary>
主稜はテクニカルな部分は少なく優しいイメージで、コンパクトなルートだった。天候が良ければ山頂に抜ける事のできる気持ちの良いルートだと思う。大滝・小滝など次回のアイスに期待。しかし人気の八ヶ岳とあって特に連休であったためか人が多かった。

※今回の事故との遭遇で、県連留守本部、佐伯山の会、また関係の方にはご心配をおかけ致しました。
<尚、記録は自分の記憶のみによるものです。その他の詳細については不明です>

<報告/HWAC金澤>
posted by: 管理者 | アルパイン | 10:38 | - | - |-