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阿弥陀岳南陵
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阿弥陀岳南陵
12/27-30 CL大藤(安佐岳友会),SL日南(安佐岳友会),楠堀

もともと年末山行として大藤さんが企画したのは,北アルプスでの縦走でしたが,諸般の事情から急遽八ヶ岳 阿弥陀岳南陵に変更になりました.ここは,日南さんが20年ほど前に冬期に,私が6年前の9月に登ったところでした.冬に行ってみたいなあと思っていた所でした.

12/27
広島市内を夜に出発,いつものようにロングドライブ.大藤さんに運転がんばっていただきました.

12/28
そのまま,登山口に一番近い諏訪南ICまで進んで高速道路を降りる.が,朝食を食べようと結局は茅野まで戻って,デニーズに入ることになる.事前に調べておけばよかったと思う.

再び始動して,登山口の舟山十字路に向かう.おっと,その前に美濃戸口によって登山届けを提出する.遭対協の方から,小型ライトを3つもらう.そして,舟山十字路に向かう.県道484号線を走っていると,案内板があるので入り口は比較的分かりやすい,別荘地を抜けて舟山十字路先のゲートまでたどり着くと,既に多くの登山者が集まっていた.



思ったよりも寒いが,雪は少ないと感じる.準備をして,出発する.一旦林道を少し戻って十字路から旭日小屋目指すルートで入る.6年前は,ゲートを越えて直接稜線に取りつくルートから入ったが,その時は夜に入ったのであまりよく分からなかった.

十字路から林道を下る.


近頃は,デジカメのバッテリーの接触不良が時折あったが,特に問題はなかったが,今回は鼻から起動しない.バッテリーを2度3度と入れ替えて,ようやく起動する.
林道を戻ってくるのか,それともどこかを下山した二人組とすれ違い,その先の沢の徒渉点で最終準備をする.


すると,愛知から来たらしい11人パーティーが追い抜いていった.

若手とベテランの混成パーティーといったところで,人数もちょうど半々程度かなと思う.日南さんが,「若い人がいていいなあ」とつぶやく.一糸乱れぬといった感じで淡々と進んでいった.この時は若い女性がトップだった.

渡渉して,左手に沢や堰堤を見ながらしばらく進むと,11人パーティーの最後尾が見えてきた.こちらもスピードが出せるわけではないので,追いつけるかといったらそうもいかないし,微妙な距離にならざるを得ない.結局11人パーティーは,旭日小屋の直前で一本入れたので,「助かりました.ありがとうございました.」といって抜いていくと,「次がんばって!」と言われてしまった.我々も旭日小屋の前で一本入れた.

通称?「旭日小屋」とその近くのトイレ(便器が設置してある)


この小屋は,どうやら資材置き場になっているみたいだ.緊急時以外には使えそうにもなかった.
この小屋の先は急登になっていて,急登を登り切ったあたりが下の林道からダイレクトに稜線に取りつく場所との合流点になっていた.トレースがついていたから,ダイレクトに登る人もいるのだろう.6年前はこのあたりにテントを張って朝を待った.

稜線にでると,私有地だろうか.境界を示すワイヤーとか木の札が目立ってくる.6年前は朝5時前に出発していたので,このワイヤーの記憶くらいしか残っていなかった.先行者がいたようで,トレースはしっかりしていた.樹林帯をひたすら進む.

一本入れている最中.予想以上に冷える.


日南さん


それほど急登というわけではないのだが,ペースは上がらない.お尻のあたりの筋に痛みを感じ始めてくる.大藤さんが少し遅れ気味かと思うので,ペースに気をつける.11人パーティーと抜きつ抜かれつになって進む.この11人パーティーのベテランの方が一人かなりへばっているみたいで,リーダークラスの人がついて進むようになった.

私たちもペースを維持することにして進む.この先は,立場岳(2370m)と無名峰(2564m),それとテン場の「青なぎ」と呼ばれる場所がある.6年前はテン場から立場岳まで1時間25分だったので,「あれ,こんなに大変だったかなあ」と「若い頃」の印象に左右されはじめる.記憶がごっちゃごちゃになってしまっていて,立場岳は気付かずに過ぎてしまったのかなあなどと思い始める.結構疲れてきたなあと思い始めた頃に,11人パーティーが一本入れているところを追い抜くと,そこが立場岳だった.がっくりくる.この時は,この先の無名峰の先に青なぎがあると思い込んでいて,まだ2時間かかるかなあと嫌気がさす.

ところが,立場岳からスルスルと下っていくと,何と青なぎが現れた.午後2時過ぎだった.舟山十字路からおよそ5時間だった.

青なぎ


大藤さんがやって来て,「ここにテント張ろう」と言う.遭対協の女性から,樹林帯を抜ける前にテント張るようにアドバイスもらっていたからだ.一般的にはここに張る人が多い.11人パーティーもここに張りたかったらしい,リーダー格の人が何か言いたそうにしていたので,「隣空いていますよ」と提案したものの先に進んでいった.

整地する.


ところが,テントとフライが微妙にあわない.しかも,スリーシーズン用のフライだ.何とかフライにテンションをもたせて張ることにする.


テン場から南陵を眺める.


大藤さんがもってきてくれたウイスキーを飲みながら体を温めて,まずは行動食,そして夜食を作って食べる.あまり食欲はない.思ったよりも疲れた.あー,冬山に登る体になっていないなあと痛感する.
午後6時過ぎには就寝態勢に入る.夜は冷え込んだらしいが,思ったよりも眠ることができた.時折風にあおられたフライがテント本体にあたり,テント内側の霜を振り落とし,それが顔に掛かる,その度にたたき起こされたようになるが,それでもマシな方だろうか.11人パーティーがいるから,翌朝は3時半起床にして,先に核心部に取りつく計画にした.

12/29
「おい,5時だぞ!」と大藤さんの声が聞こえた.目覚まし掛けておいたが,目出帽の上から帽子まで被っていたので聞こえなかった・・・.と,気がつくと大藤さんはいつの間にかアウターを着ていて,すぐにでも出発できそうだし,日南さんもオーバーズボンを既に履いている.お湯を作って,朝食を流し込むようにして食べて,更にお湯を作ってテルモスに入れてテントの外に出る.気がつくと日南さん既にゲーターも履いている・・・.支度が早い・・・.
テント撤収を手伝っていると出発時間が余計に遅れるなと思って,ここはお二人にお任せして自分の準備に徹することにした.二人は寒くて寝られなかったと行っているが,とにかく行動が素早い.

朝日に輝く南陵.


結論的には,インターネットでその後調べてみると,この日南陵に取りついたのは私たちを含めて6パーティーはあったようだ.私たちの後から2人パーティーが来ていることは分かっていたが,準備をしている間に追い抜かれてしまった.随分と荷物が小さくて,大藤さんが感心していた.この二人は大阪から来たということだった.11人の愛知パーティ,それからもっと先に,東京,長野,長崎(各2人)のパーティー,計6パーティーらしい.

ということもあってトレースはしっかりしていた.730出発.
私のデジカメは,アウターのポケットに入れてテントに入れておいたが,バッテリー切れとのことだ.核心部で最後の一枚を取ることに賭けて,大藤さんに写真をお任せすることにする.

出発!


冷え込みが厳しい.


東京パーティーの報告では,今朝は-24度まで下がったということだった.実は,個人的に今回は最終実験みたいなことを行っていた.いつまでも続きそうでそれはあり得ないと言われそうな「靴下は1枚か2枚か」に個人的に決着をつけようと考えていた.6年前,奥秩父縦走・敗退の際に,足指に軽度の凍傷をおってしまって,下山後は指が腫れて3日ほど靴が履けないことがあった.この時は,皮膚科に行って「ユベラ軟膏」と「ビタミンE錠剤」を処方してもらったが,これ以降足指の血行が極端に悪くなってしまって,近頃では真夏でも指先が冷たいことがある.なのでソックスにはかなり気を使って色々試してみた.ソックスの選定はそれなりにできたかなと思うが,それでも「2枚の誘惑」に打ち勝つのは結構大変だ.近年1枚の方がよろしいということがいわれていることは理解しているが,それでも2枚でやってよかったと思うことがあったので,追実験を行うことにしたのだ.初日は薄い軍足の上にソックスを履き,そのまま朝まで寝てみた.2日目はソックス1枚にしたのだ.結論はすぐに出た.1枚の方がよろしいようだ.実は寝ている間も足先はかなり冷たかった.6年前に凍傷になった際に,不勉強で靴下をはいてしばらく寝ていたのだが,それではかえって血行が阻害されてよくないということを後になって知った.
とりあえず,1枚にして徐々に足先が暖かみを取り戻すことを感じるようになった.

無名峰までは1時間弱で付き,樹林帯を越えると岩峰が大きく見えてきた.

無名峰付近から


南陵の岩峰

核心部のP3を,P2付近から眺める.左下のやや緩やかな斜面上部をトラバース気味に進んで,P3基部に取りつく.

P1付近の台地状に上がると,なぜかシャルレのバイルが雪に刺さっていた.先行大阪パーティーが忘れたのだろうかと思うが,見上げてみるとそんな様子はない.手にバイルらしきものを持っている.持って行こうかと思っていると日南さんの手が伸びてきた.そのまま持って行く.

茅野・諏訪湖方面を眺める.


トレースを辿って,P3基部のバンドに入る.ここからワイヤーが張ってある.


樋(とよ)と呼ばれる核心部のルンゼに取りつき.先行者が進むのを待つ.


核心部の取り付きまでテン場からおよそ2時間だった.11人パーティーの最後尾と大阪2人パーティーが待っていた.「すみませーん,どなたかバイル忘れていませんかぁ?P1付近に突き刺してありましたよぉ.」と声を掛ける.11人パーティーの最後尾は女性の方で,「ひょっとしたら自分たちのものかもしれないけれど,よく分からないけど,とりあえずもらいます.」ということになった.大阪組は,「なんか刺さっているなあと思ったんですがぁ・・・」と歯切れが悪い.

寝坊した自分たちが悪いのだが,結局ここで1時間ほど待つことになった.茅野方面から風が吹き付け,おまけに日陰になっていて容赦なく体温を奪っていく.岩に体を向けて待つことにする.
手の指先も冷たくなってきた.指先が冷たくなって手を叩く人がいるというが,気がつくと手を叩いている.太ももの間に手を入れたりして粘る.

ようやく大阪組のセカンドが出発し,更に上部でまだ詰まっているのを待って,ようやく我々の出番だ!トップ日南,セカンド楠堀,ビレー大藤の態勢で行く.大藤さんから小型ブロッカーを借りる.

日南さんの勇姿を!


が,結局この間に体が冷え切ってしまったおかげで,頭がぶっ飛んでしまったようだ.いよいよ日南さんが登っていくというときに,ロープをかわそうとすると「そのままじっとしていろ!」と日南さんから注意を受ける.よく分からないなあと思っていると大藤さんが説明してくれた.日南さんが落ちたらロープで吹き飛ばされてしまうことを理解して,そのままじっとすることにした.

ここでは貴重な体験をしたと感じた.このとよを通過している間に自分の思考が「とにかく前に進むこと,みんなが寒くならないようにすること」を最優先する方向に流れていった.コミュニケーションを含めて.安全に気を配ることはぶっ飛んでしまっていたようだ.経験不足を痛感するとともに,貴重な体験だったなと思った.

日南さんがいよいよ登りはじめる.6年前に来たときには,出だしの岩場がそれなりの高さがあったが,雪で詰まっていて出だしの難しさはなかった.張ってあるワイヤーの起点にランニングを取って日南さんが上がっていく.あっという間に先行者に追いついてしまった.大藤さんから手渡されたデジカメで核心部の一枚をかろうじて撮影できた.大藤さんのデジカメもバッテリー悲鳴を上げて,次に最後の一枚に賭けることにした.

結局日南さんは先行者を雪面で20分ほど待ってセルフビレーに入る.先行者の関係で35m程でピッチを切った.そして私.出だしは雪がしっかり詰まっていてステップが切ってあるようなものだったが,途中から雪がぐずぐずで足を取られる.日南さんの所まで上がってセルフビレーを取る.そして大藤さんが上がってきて,2ピッチ目はそのまま大藤さんが上がっていくことにする.

先行者は3ピッチ目に入っているのが見える.2ピッチ目,大藤さん快適に上がっていくかと思ったが,上部でやや苦戦している模様だ.その理由は上がって分かったことだが,上部が氷で覆われていたからだ.自分が上がっていくと,氷が目の前に現れてビックリする.手の指がしびれてピッケルをまともに振ることができない.大藤さんにアドバイスもらって,左側の雪面から上がっていく.後で聞いたところでは,大藤さんもこのあたりではランニングを取ることができなくて(発見できなかった),こことで落ちたら30mは落ちるなぁと思いながら慎重に進んだようだ.先行者のツァッケの跡を確認しながら登ったようだ.冷静だなあと思う.
ここでセルフビレーを取って一旦休憩して,それからフリーで進むことにする.後は岩稜帯なので,アイゼントレーニングを行っていれば問題は感じない.気がつくと日南さんがあっという間に登ってきていた.速い・・・.結局私たちは2ピッチで終えた.

P3上部から,頂上・P4方面を眺める.


P3上部でハーネスをはずして,テルモスのコーヒーを分け合う.頂上には大勢の人の姿が見えるから,恐らく11人パーティーが登頂したのだろうと思う.あとは,P4のバンドを慎重に通過すれば問題はない.岩峰の左側にバンドが走っているから,テントマットをあらかじめザックの左側に着けておいた.バンドの足場は安定していて慎重に進めば問題はないが,左側は切れ落ちている.

頂上直下にある仏塔(6年前)


密かに楽しみにしていた頂上直下の仏塔は発見できなかったが,緩やかな斜面になったと思ったら頂上だった.テン場からおよそ4時間半だった.「ありがとうございました」と自然と口から出た.頂上には誰もいなかった.

しばらく休憩して,下山に入る.御小屋尾根から下る.ここもトレースが着いていたが,先行者は見えない.摩利支天まで問題なく進むが,その後は急坂が続く.
日南さんが何かいっているなと思うと「肘打った」と聞こえる.えっ,怪我したのかと思って振り返ると違うらしい.次は「肘打ちたい」と聞こえる.???そしてようやく意味を了解して,「それでは樹林帯までがんばりましょう!」
大藤さんが「尻セードもいいぞ」というのでやってみるが,あまり進まない.仕方なくじっくり降りることにする.

2200m付近から御小屋山付近はまではなだらかであったが,なかなか降りていかないのでじれったくなる.途中で2人組と,写真撮影だろう一人に出会った.そして,1950m付近でテントを張っている人がいた.中からラジオの音と話し声が聞こえてきた.そしてこの後,トレースが登山道をはずれて谷方向に向かって降りていっているのを見つける.日南さんが降りていくのを見て,一瞬地図見ましょうと言いかけるものの「谷底への誘惑」に負けてそのまま着いていく.しかし,しばらくするとトレースがトラバース気味に方向を変える.仕方なしにもっと谷に向かって降りていくがおかしいと思い始める.地図で確認すると,そのまま登山道を進むのが正解だった.もうひとつ尾根を越したところに舟山十字路があった.大藤さんも降りてきてしまった.仕方なしに,登山道が進んでいるだろう方向目指してトラバース気味に進む.しばらくすると,前方にぽっかり空いたような空間が見えてきた.目をこらしてみると,踏み跡が見えた.20分程度であったが,やはり地図で確認すべきだったと反省する.

後は,はっきりした登山道をゆっくり降りていく.下山途中のハプニングにも遭ったが,ほぼ安全地帯まで降りることはできた.そして,十字路のゲートを見つけてほっとする.11人パーティーは既に降りていて,一息入れていた.あのバイルはどうなったのだろうか?

遅れていた大藤さんも下山して,これで無事終了.流石に冬のアルパインは厳しかったなと思う.とても有頂天になどなっていられないと感じた.車の中に置いてあったペットボトルはカチカチに凍っていました.

ありがとう,阿弥陀岳!

その後は上諏訪のビジネスホテルに泊まることにして,ホテルの敷地内にある「ちゅうぼう」という居酒屋で,いい感じのマスターを交えながらビールを飲みました.

12/30
渋滞は中京地区であったので,中央道をはずれて名古屋に入って,東名阪道で帰ってきました.

追記
帰ってみると,環付きカラビナとATCが見当たらない.どうやら舟山十字路に忘れてきてしまったらしい.愛着のある道具だったので,とても心残りです. 





 
posted by: kussan | アルパイン | 23:07 | - | - |-